素晴らしきトカゲ特撮

『美人島の巨獣』『大蜥蜴の怪』


 恐竜や怪獣の映画を製作する際、その手法は大雑把に言って次の三つに分類できる。一つは日本のゴジラに代表される「着ぐるみ」に人間が入って演じる物。もう一つはハリーハウゼンお得意のコマ撮り人形アニメ。そして最後の一つが本稿で取り上げる「本物のトカゲやワニを撮影して、強引に恐竜だと言い張っちゃうぞ手法」である。なお便宜上、この手の特撮を本稿では「トカゲ特撮」と呼ぶ事にする。
 トカゲ特撮映画は着ぐるみやダイナメーションに較べて、怪獣映画ファンにはあまり評判が良くない。まぁそれももっともな話で、この手の映画を楽しむには、「多少の事は気にしない広い心」と「タダのトカゲを頭の中で恐竜に見立てる、ワビサビの心」が観客にも要求されるのである。

 幸いな(?)事に、私は小学生時代の愛読書が学研の図鑑「爬虫・両性類」だったという、ワニ・トカゲ大好き少年だったので、「見立ての心」を幼い頃から養う事ができた。当時、デパートなどでよく「世界の爬虫類展」とか「アマゾンの大自然展」といった催し物があり、私は心ときめかせてオオトカゲやメガネカイマンなんかに見入ったものだ。もちろん私の爬虫類好きは、元々の恐竜・怪獣好きが影響していたので、ガラスケース越しにイグアナなどをながめつつ、「恐竜ってこんな感じだったのかなぁ」「TVの怪獣にもこういうリアル感が欲しいよなぁ」とかいろいろ空想したものである。
 では前置きはこれくらいにして、実際にトカゲ特撮映画の歴史を振り返ってみよう。まずはフィルモグラフィからだ。

「紀元前百万年」(40年)
「大蜥蝪の怪」(59年)
「地底探検」(59年)
「失われた世界」カラー版(60年)

 この4本さえ押さえておけば、トカゲ特撮映画の世界はほぼ制覇したも同然。意外と底の浅いジャンルである。えっ、「美人島の巨獣 Untamed Women」(52年)や「恐竜王 King Dinosaur」(55年・未)が抜けてるって? まぁまぁ、その辺の事情は後で説明しますから。

 まず「紀元前百万年」(40年)はすべてのトカゲ特撮映画の母とも呼んでいい記念すべき作品だ。ストーリーは、恐竜と原始人が同じ時代に生きているという科学考証まったく無視の世界で、山岳族の村を追放された主人公が、海岸族の金髪娘と恋仲になり、そこへ恐竜が襲ってきたりしてなんだかんだあったりという、後年のハリーハウゼンの傑作「恐竜100万年」(66年)とまったく同じと思ってくれて差し支えない。この映画、怪奇映画の名優ロン・チャニー・Jrが出演してたり、巨匠D・W・グリフィスが一部を監督したらしいという噂があったりと、映画史的にも興味深い作品であるのだが、本稿ではひたすらトカゲだけに注目する事にする(笑)。
 この映画の一番の見所は、なんといっても有名なイグアナ恐竜とワニ恐竜の格闘シーンで、おそらくスタッフが横から棒でつついたりして怒らせてから撮ったのだろう。イグアナもワニも本気で戦っていて、トカゲ特撮ならではの「ナマの迫力」が存分に発揮されている。ストーリー上ではイグアナ恐竜が勝つが、画面で確認する限り、ワニにバキバキに噛まれまくっているかわいそうなイグアナ君は、多分出血多量で撮影後に死んだと思う。なんまんだぶ。
 この他にも上から石の雨を降らせてイグアナを生き埋めにしたり、火山噴火のシーンで火のついたセットにトカゲを放り込んだり、心ある人間にはちょっと撮れないシーンが目白押し。最近は映画撮影の為に動物を殺す事が許されなくなっているから、もうこんなのやれないだろうね。

 さて「紀元前百万年」のトカゲ特撮シーンは、当時としては迫力ある「絵」だった為か、その後やたらいろいろな映画やTVに流用された。さっきのリストが少ないのは、この「流用モノ」を省いたからである。資料によると、「ターザン砂漠へ行く Tarzan's Desert Mysyery」(43年)、「失われた火山 The Lost Volcano」(50年・未)、「ジャングルの人狩り Jungle Manhunt」(51年・未)「ロボットモンスター Robot Monster」(53年・未)、「恐怖の獣人 Teenage Caveman」(58年・TV公開)、「ドラゴンの谷 Vally of the Dragons」(61年・未)「時の中心への旅 Journey to the Center of Time」(67年・未)などの数多くのB、C級SF映画でトカゲのフィルムが重宝された、とある。
 先ほど挙げた「美人島の巨獣」も「恐竜王」も「紀元前百万年」の流用映画である。ちょっとだけ解説すると「美人島の巨獣」は、飛行機の墜落により、絶海の孤島に流れついた米軍パイロットたちが、女ばかりの種族に助けられてイイ思いをしたり、トカゲ恐竜に襲われながら冒険したりといった、まぁ頭の良い人は絶対観なくていいような映画だ。
 「恐竜王」はもっとヒドイ。謎の惑星の探査に向かった宇宙飛行士と科学者たち。そこは太古の恐竜が支配する世界だった。イグアナ恐竜に襲われて命からがらの目に遭った宇宙飛行士たちは、「こんな野蛮な星はもうイヤじゃ」とばかりに、ラストでは地球から持って来た原爆を爆発させ、トカゲ恐竜どもを皆殺しにしてメデタシメデタシ。ちょっと待てコラ! 自然破壊もいいところのひでぇオチである。まさに、B級怪獣映画専門のバート・I・ゴードン監督のデビュー作にふさわしいと言えよう。
 …が、流用フィルムを使わず、新撮シーンばかりで作られた「大蜥蝪の怪 Giant Gira Monster」だって決して誉められた出来では無い。なんつーか、トカゲさんがニューメキシコの田舎砂漠をウロウロするだけののどかな映画。大トカゲによる列車襲撃のシーンのスチールが有名だが、実際画面で見るとトカゲとミニチュアの絡みも少なく、迫力が無い。これはトカゲ特撮映画の最大の欠点「トカゲさんは演技が出来ない」事が見事に露呈してしまっているせいである。(まぁ爬虫類に中島春雄のような怪獣演技を期待するわけにもいかんが)

 この手のC級映画に較べると、ジュール・ベルヌの古典SFを映像化した「地底探検」は、メジャーの20世紀フォックス製作という事もあって、グッとまともな冒険映画である。トカゲ特撮のシーンは二カ所。まず最初は主人公たちが地底海の浜辺でディメトロンに襲われるシーン。イグアナに大きな背びれを付けただけなのだが、ディメトロンという恐竜の選定が渋い。元々トカゲ体型の恐竜なので、イグアナを使ってもさほど違和感が無いのだ。トカゲ特撮嫌いの方でも、このシーンは割と抵抗無く受け入れられると思う。
 が、もう一カ所のラスト近くに出てくる大トカゲはいただけない。全身をまっ赤っかに塗りたくられていて、ちょっとトホホな感じである。映画全体から見ても、この赤トカゲがだいぶ品位を下げているぞ。他の部分の出来がいいだけにもったいない。

 さて最後は「失われた世界」。有名なコナン・ドイル原作作品を、ハリーハウゼンの師匠、ウィリス・オブライエンが名人芸の人形アニメで、生き生きとした恐竜を作りだした名作「ロスト・ワールド」(25年)のカラー・リメイク版である。
 オブライエンのコマ撮り恐竜を期待していた特撮映画ファン達には、このトカゲ特撮によるリメイク版「失われた世界」はえらく評判が悪い。コマ撮りが採用されなかった理由は、プロデューサーのアーウィン・アレンが前作「動物の世界」(55年)の時に、ハリーハウゼンがわずか15分の恐竜シーンの為に、膨大な時間を費やしてスケジュールを遅らせた事をよく覚えていたからである。まぁ、短気な人間には向かない手法だ。
(ちなみにダイナメーション映画「恐竜100万年」でも、一部トカゲ特撮のシーンがある。きっとコマ撮りが間に合わなかったのだろう)
 しかし別の視点から見れば、アレンの短気のおかげで、ここに一番贅沢な予算を使ったトカゲ特撮映画が登場したわけで、喜ばしい事とも言える。「紀元前百万年」の時には、ほとんど「素」のままだったイグアナやワニ君たちも、ここでは進歩したメイク技術(?)によって、角や背ビレやエリマキなどで華麗に装飾され、独特の恐竜美を醸し出している。まさにトカゲ特撮の決定版!
 見せ場はやっぱし、オオトカゲ恐竜とワニ恐竜の本気の格闘シーン。きっとまたスタッフが横から棒でつついたりしたに違いない(笑)。
 また「紀元前百万年」と同じように、このトカゲフィルムもアーウィン・アレン製作の「タイムトンネル」(66〜67年)「原潜シービュー号」(64〜68年)を始め、やたらいろんなTVのSF作品に流用された。もし貴方が「失われた世界」を見てなくても、オオトカゲとワニの格闘シーンはどこかで絶対一度は目にしているハズである。

 このような安直な流用ぶりもあって、「トカゲ特撮=安物SF映画」というイメージはすっかり定着した。80年代に入ると、トカゲ特撮なんてギャグのネタにしかならなくなる。事実、ジョン・ランディスの「アメリカン・パロディ・シアター」(87年)の劇中劇「月世界のアマゾネス」の中では、「深夜TVで放映されるC級SF映画」の象徴としてトカゲ特撮がうまく使われている。
 そして90年代、「ジュラシック・パーク」(93年)のCG特撮は、それまで主流だったコマ撮りによる恐竜を駆逐し、ハリーハウゼンの後継者フィル・ティペットを失業させた。
 人形アニメの技術自体は、恐竜映画はともかくファンタジーや童話モノなどで生き残る道はたくさんあると思うが、もはやトカゲ特撮の必要性など「ジュラシック」の登場により完全に絶たれた。
 ああ「トカゲ特撮」よ。今やその技術はハリウッドから永遠に失われようとしているのだ。それを惜しむ人間もほとんどいないが…。

 最後に、最近見た「トカゲ特撮」の一番粋な使い方を書き記して、本稿のまとめとしたい。ジム・ヘンソンプロのカルト恐竜ホームコメディ「恐竜家族」の「ティラノがライバル」の回で、恐竜たちが見ているTVのプロレス中継の画面が、あら懐かしやの「失われた世界」のトカゲ格闘シーンじゃあーりませんか。こういうセンスの良さと洒落っ気は評価したいね。


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