湯浅政明という贅沢


 湯浅政明とは何か?
 一言で言うなら、それはアニメ好きの人間にとって、最高の贅沢なのである。
 私が「湯浅政明」という名を初めて意識したのはTV「クレヨンしんちゃん」の作画監督としてである。「クレしん」の作画監督といえば、大塚正美、林静香、高倉佳彦、荒川真嗣、末吉裕一郎らと、絵柄もアニメーションとしての動きに関しても、ヒトクセもフタクセもあるアニメーター揃いなのだが、そんな中でも湯浅政明の描く絵は、「個性」という点ではもっとも際立っていた。
 湯浅は「クレヨンしんちゃん」の通常のTVシリーズでも9本の作監をこなしているが、やはり彼の真価が発揮されたのはエンディング、スペシャル、映画版での活躍であろう。
 まずはエンディング。「クレヨンしんちゃん」第三期のエンディングテーマ「DO−して」は、絵コンテがかの原恵一、そして作画に湯浅政明という最強タッグによって作られた。桜っ子クラブさくら組の甘い歌声に乗って繰り広げられる、しんのすけの出鱈目なダンス(褒め言葉)。そしてしんのすけが画面
下からびよーん!とせり上がってくる完全フルアニメのカット。これだけでも湯浅政明の天才アニメーターぶりがうかがわれるのだが、「クレヨンしんちゃんスペシャル」の「ぶりぶりざえもんの冒険・雷鳴編」「風雲編」「飛翔編」「電光編」では湯浅政明が絵コンテ段階から担当しており(雷鳴編のみ本郷みつる)、TV画面一杯に湯浅ワールドが展開された。この一連の作品では独特の湯浅デザイン、微妙な描線、彼にしかできないゆがんだパースとカメラワーク(これも褒め言葉)、これ以上崩すと何を描いているのかわからなくなるギリギリまでデフォルメしたキャラクター(可愛い女性キャラもギャグのためには遠慮無く崩しまくるのだ)、そしてなんといっても「動き」の快感。アニメーションの持つ「絵が動く」という事のプリミティブな快感が湯浅作画にはたっぷりと含まれているのだ。また、ギャグのテンポも落とし方の「間」も、ばっちり決まっていて、初期湯浅作品の傑作と言っていいだろう。
 加えて「ぶりぶりざえもん」というキャラクターが、最初から最後まで役に立つ事は何もしないという徹底ぶり、それに常に強い方につく卑怯な性格、さらにこれが当たり役となった故・塩沢兼人の渋〜い演技もあって確立された点でも必見である。
 この「ぶりぶりざえもんの冒険」シリーズ四部作は、ビデオ・DVDの「クレヨンしんちゃんスペシャル」3、4巻に収録されているので、今からでも視聴は容易である。
 さて次に劇場版「クレヨンしんちゃん」での湯浅政明の活躍ぶりに話を移そう。
 まず第一作目の「アクション仮面VSハイグレ魔王」で湯浅は設定デザインと原画を担当。映画の中でキーアイテムとなる「アクション仮面カード」のデザインの秀逸さは魅力的だ。(カードの上部がちょっと変形デザインになってるトコロがまたイイのである)
 そしてクライマックス前の、アクション仮面とハイグレ魔王が、魔王像を登りっこするシーンが、原案込みで湯浅政明の仕事なのである。
 続いて第二作「ブリブリ王国の秘宝」、第三作「雲黒斎の野望」でも設定デザインを担当。特に雲黒斎の配下の忍者たちが付けている仮面が、いかにも湯浅政明らしいデザイン。
 さらに「雲黒斎の野望」では、ラストの雲黒斎ロボとカンタムロボの対決シーンの原画を担当したのも湯浅なのである。このシーンは巨大ロボットの重量感に満ち溢れた名シーンで、真っ当なアニメーションをやらせても、湯浅政明は天才である事を証明してみせた。
 続く第四作「ヘンダーランドの大冒険」でも湯浅は設定デザインを担当。ヘンダー城やヘンダーキャラクター、スゲーナスゴイデスのトランプなどで、今度もまた非凡な才能を見せるとともに、映画のクライマックスでは絵コンテも手掛けた。野原一家とオカマ魔女・マカオ&ジョマのヘンダー城内での追いかけっこのシーンは、卓越した動きのタイミングといい、ぐるぐる回るカメラワークといい、ギャグのテンポといい、これまた大爆笑必至の名シーンなのである。
 つまり、この頃までの湯浅政明というのは、ファンからすると「クレしん」のスペシャルか映画で年に2、3回しか観られない、とっておきのご馳走みたいな物だったのである。
 もちろんこれだけの仕事をする天才を世間が放っておくわけはなく「クレしん」以外にも「ちびまる子ちゃん」の第二期オープニング、映画「ちびまる子ちゃん・私の好きな歌」「音響生命体ノイズマン」「ねこぢる草」と湯浅政明は多彩な仕事をこなしていく。
 そしてついに2004年、「マインド・ゲーム」で103分の劇場用長編作品の監督に就任する。この「マインド・ゲーム」という映画、全編に渡って湯浅チックなデザイン、パース、カメラワーク、アニメートに溢れており、なんだかクレしんのスペシャルシーンばかりを集めたような豪華さで、見ていると目と脳がガンガン刺激され、本当に満腹にさせてくれます。いや、眼福というのはこういう事なんだなぁ。
 この映画では「実写とアニメの合成」という、デジタルならではの試みもされており、湯浅作品の表現の幅を広げる事となった。
 さらに「マインド・ゲーム」は、04年度の文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞と、第59回毎日映画コンクール大藤信郎賞を受賞しており、それまでアニメファンの間にしか知られていなかった、天才・湯浅政明の名前を、全国的な広める役割も果たしたのである。
 これだけでももうお腹いっぱいなのに、2006年に湯浅は、WOWOWのTVシリーズ「ケモノヅメ」を手掛ける。「マインド・ゲーム」で培った実写との合成、荒々しい描線、ハードボイルドのようでいて、ちょっと外したストーリー。シリアスな部分もあれば、異常にでかい私立探偵とか、おサルの師匠といったコミカルな要素もあわせもち、そして15禁の大人向けアニメだから出来るエロチシズム。
 こんな湯浅ワールドを一話25分×13本と、5時間25分も見れるのですよ!「クレしん」初期から湯浅作品を見続けたファンにとって、これはまさに目と脳の「贅沢」としか言いようがないです。うん。


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